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備忘録としてのweblog

リアクションはモチベーションになる

なんなら、もうこれは思い切ってですね、俺を見ろと。その精神で行ったっていいんじゃないですかね。やっぱり、リアクションというのは偉大でしてね。どれだけ、自分は独立した存在であろうとしたって、やはりそれは、傲慢の極みでしてね。そりゃ創作には孤独が必要ですけど、やっぱり、リアクションって大切ですよ。モチベーションになりますから。これはね、なんでも良いんですけでね、体感することが1番良くてですね、ツイッターでもなんでもいいから1回いいねされたら実感できますよ。

それもね、知り合いじゃない人からの反応だと、なお良いですね。それは凄いことですよ。だって、なんの関わりもない他人から反応があるってことは、純粋にあなたの表現に価値があるってことですから。だっていいねを押した人には、あなたに気を使ったり機嫌をとったりする必要がないんですから。

そしたらね、あなたちょっと気持ちよくなると思うんですよ。それがね、次に繋がるんですよ。そうした小さなエネルギーが動くことによってね、行動が促されて、積み上がっていくんですよ。で、下心も湧いてきますから、それ全然悪いことじゃないです。健全です。やっぱり人は他社の目線がないといけません。

多分、私たちは、仮にこの世界で一人きりになっても、誰かの目線を意識せずにはいられませんよ。あなたのことはあなたが見てますからね。だから、本質的に人間ってそんなもんだと思ったら、あざといことだってやってイイって思えませんか?

だけどね、これが難しいところであまりにも他者を意識すると、つまりあざとくなり過ぎるとそれが伝わっちゃうんですよね。いや、あなたもね、そうしたあざとさを感じたからこそ、あざとさについて逡巡しているんだと思うんですよ。

だからバランスが大切です。創作においては、やはり誠実でないといけない。だけど、反応を得ることに嫌悪感を抱いてはいけない。その辺が天才的に上手い人もいますし、天然でこなしちゃう人もいます。本人はナチュラルにやってるだけなのに周囲からしたら異質ってことですね。

だけど、異質な本人自体は辛いかもしれない。異質と思われること自体が、不幸だと考えているかもしれない。でもそのようにしか生きられないから苦しみ、それを表現することで、また異質さがファンを捉えるという循環が生まれます。

ところで、承認欲求につけ込んでくる詐欺師はどこにでもいますから、気をつけてください。