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備忘録としてのweblog

在宅仕事で集中を維持するのはなかなか難しい

家で仕事をしていると仕事に入り込んでいくことが難しいと感じる。まだしっかりとしたリズムが出来上がっていないということだ。会社に出勤していたときは環境の力で半ば強制的に労働のリズムに入り込むことができていた。根っからの奴隷気質といいますか。自発的に作業できないといけないな。と日々思いながら過ごしている。

やはり、生活するスペースで、そのまま仕事をするというのは、切り替えという観点から見ると難しいものがある。生活そのものが生産活動に最適化されていれば良いのだろうが、まだそうはなっていない。気持ちも不確かで、ついつい甘えてしまう。最大の敵はYouTubeだ。

そこで、ありきたりではあるが仕事をするためのスペースを決めてしまうことにした。今までは、ベッドのすぐそばに作業環境があったのだが、食卓テーブルを作業場所にすることにした。私は、1日に1食が基本なので食卓スペースを作業場所にすることは良いのではないかと思った。

朝起きてまず、コーヒーを入れる。それから、今日するべき仕事を頭の中で並べて予定を組み立てる。そしてかるいメモにして、それに沿って仕事をこなしていくことにした。まあまあはかどる。やはり、環境を切り替えるというのは大切なのかもしれない。そういえば、伊坂幸太郎はデビュー前と初期にはずっとファミレスで小説を書いていたらしい。そんなことも思い出した。

朝9時から仕事に取りかかり、昼までの3時間で、その日にこなすべき仕事がほぼ終わった。集中力のなせる技である。いつもなら、だらだらと動画を見たり、ふと手に取った小説を読んだりして時間を浪費しているだけである。あと少し、作業をすれば今日の仕事は完了する。まだ、昼過ぎだ。1時には全てが片付くだろう。

作業時間は4時間程度だ。集中して取り組めば仕事の本質部分は4〜5時間程度で終わるのだ。これに関しては会社勤めをしているときから思っていたことだが、実際に体感してみるとなるほどな〜となる。世間はまだ、昼休みである。不真面目な人なら、やっと目が覚めて、稼働し始める時間である。昨日までの私がそうであった。午前中の遅れを取り戻すためにせっせと動き出すのは無駄に疲れる。

さあ、わずかに残った仕事をやっつけてしまおう。コーヒーを飲みながら私は思った。しかし、私の目は炊飯器に釘付けだった。普段なら昼飯など食べない。夕方に米を炊いて、夜ご飯を食す。いや、米を食べない日だってある。しかし、私はその時米を炊きたくてウズウズしていた。

炊いた。仕事をやっつける前に炊いた。いや、全然悪いことじゃない。仕事が終わる頃に米は炊きあがるだろう。そして30分の蒸らしタイムを経て、私は、炊きたてご飯を食すのだ。全然問題ない。むしろタイムスケジュール的には完璧だ。なにを恥じることがあるだろう。

きっと、朝から集中してお仕事を頑張ったものだからお腹が空いちゃったのです。うん。全然悪くないよ。炊きたてご飯嬉しいな〜。おかずはなににしようかしら。冷蔵庫開けておかずになりそうなのものを探した。

大したのものはない。これは買い物に行く必要がありそうだ。とりあえず今日のところはと、卵焼きを作り、味噌汁を作り、生姜焼を作った。簡単な料理しか出来ないので私の食卓はいつもこんなものだ。そして、私は洗い物を終えて炊き上がったご飯とともに食した。

朝いれたコーヒーがまだ少し残っていたので飲んだ。幸福だった。こうなればお昼寝は欠かせない。私は食べたらすぐ寝ることにしている。満腹感で働かない頭でなにかを考えてもしょうがないと思っているからだ。寝よう。

残った仕事を片付けるのは、起きてからでいい。そう。私は寝る。幸福なお昼寝は人生のハイライトだ。仕事がなんだい。